沿革

わが国の近代保険制度は、わが国最初の保険会社である東京海上保険会社(現東京海上日動火災保険株式会社)が設立された1879年(明治12年)に先立つこと20年、すなわち、1859年(安政6年)に開港したばかりの横浜等の自由貿易港で、外国保険会社の支店や代理店によって外国人を対象に火災保険や海上保険が引き受けられたのがその始まりとされる。1917年(大正6年)には、イギリス系を中心に外国保険会社は29社が営業し、約20%のマーケットシェアを占めていた。

第二次大戦によりこれら外国保険会社は日本から撤退するに至ったが、第二次大戦の終結にともないGHQとともに外国保険会社は日本に再進出した。当初はGHQの営業免許により進駐軍の軍人・軍属等に限って営業していたが、1949年(昭和24年)に「外国保険事業者に関する法律」が制定されるにいたり、これらの外国保険会社も大蔵省の営業免許を取得し、漸次日本人・日本企業向けの営業を開始した。同年12月には外国保険協会が設立された。

 

1995年(平成7年)にはFNLIAの独立事務所が設立され、常勤の役員が運営にあたることとなり、2006年(平成18年)2月には有限責任中間法人として法人格を取得した。一般社団法の施行に伴い、2009年4月に「一般社団法人 外国損害保険協会」に改称した。

 

一方、FNLIAの内部機構である外国損害保険会社協議会は、1966年(昭和41年)に当局との各種事務連絡のために作られた外社連絡会をその前身として、 1974年(昭和49年)にFNLIAの内部組織として設立された。同協議会は外国損害保険会社の日本人責任者の集まりで、多くは外国人である会員会社の代表者からなるFNLIA理事会を補完する役割を担っている。

 

一般社団法人外国損害保険協会 定款

Articles of Incorporation